柔らかな風が頬を撫でた。
タオはゆっくりと目を開ける。
見知らぬ空だった。
真上には淡い青。遠くには白い城壁が連なり、
城壁の上に建つ塔は陽の光を反射して輝いている。
「……どこだ、ここ。」
寝起きの頭には、さっきまでの夢がまだ残っていた。
光の少女。みたいな雰囲気。名前は――思い出せない。
夢の内容はあやふやなのに、胸のどこかだけが妙に温かい。
タオは上体を起こし、まわりを見渡した。
石畳の広場に立っているらしい。人の気配は多い。
露店でパンを焼く人、果物を並べる少年、
街路を掃除している老人――
一昔前の西洋の街のようだった。
タオは近くの人に声をかけてみる。
「あの、ここはどこなんだ?」
男はタオを見るなり、眉をしかめた。
「どの“ここ”のことだ?
“場所としてのここ”か、“概念としてのここ”か……明確に言ってくれ。」
「えっ……あ、場所としての……」
「なら“この街は何という場所ですか”が正確だ。」
タオは思わず口を閉じた。
質問ですら、細かい指摘をされるのか。
「ここはロゴスフィアだよ。言葉の国さ。
質問するなら構文を整えてくれ。混乱を招く。」
男はそう言って、さっさと歩き去った。
(いや、構文って……)
ますます意味がわからない。
夢の中にいた光の少女のことを思い出したいのに、
思い出せない。
ふと、人々の視線がタオに集まりつつあることに気づく。
ざわざわと、何かをひそひそ話している。
「詠唱なしで歩いてるぞ……?」
「魔力安定の詠唱を一度もしていない……危険では?」
「“無詠唱者”か?」
タオの背筋が冷える。
「すみません、僕……」
声をかけようとした瞬間、
「そこの男! 動くな!」
甲冑の擦れる音が響いた。
銀色の鎧を着た衛兵が二人、タオに近づいてくる。
そのうちの一人――女性の衛兵が、鋭い眼差しでタオを見据えた。
「お前、詠唱をせずに魔力を維持しているな。
ロゴスフィアの民ではない。名を名乗れ。」
彼女の声は強く、しかし澄んでいた。
タオは息を呑む。
「た、タオ……です。」
「タオ。連行する。王の前で身元を明らかにしてもらう。」
すべてが急すぎた。
何が起きているのか理解できないまま、
タオは衛兵たちに囲まれ、
白い城壁の方へと連れて行かれた。
背後で街の人々がささやく。
「やっぱり無詠唱者だ……」
「珍しい……いや、危険かもしれん。」
「王が判断するだろう。」
タオの胸はざわざわと落ちつかない。
(……いったい、この世界は何なんだ?)
夢と現実の境目が、わからなくなっていく。
――こうしてタオの“最初の試練”が静かに幕を開けた。

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