〈僕には、世界がこう見えていた。〉
僕は劣っている。
だから、まわりに合わせなきゃいけない。
そう思っていた。
本気で、“僕はダメな人間だ”って。
朝起きると、まず体のどこかが痛い。
気分は重い。でも学校は休めない。
教室に入ると、ざわざわした声があちこちから聞こえてくる。
ときどき話しかけてくるクラスメイトもいたけれど、
僕はウソをついて返す。
というか、みんなもウソをついているように見えていた。
本音で話す人なんていない。
だから僕も、とにかく合わせるか、返事だけを返す。
“みんな、なんであんなに上手にウソをつけるんだろう。”
そんなことを本気で思っていた。
それができない僕は、また自分を責めていた。
授業が始まる。
「今日は先生の話を最後まで聞こう」
そう決める。
先生は授業の前に10分くらい話すのだけど、
僕はそれを最後まで聞けない。
1分もしないうちに、別のことを考え始めてしまう。
気づいたら、先生の話が終わっている。
そこでようやく思う。
「あ、今日も聞けなかった。」
文章を読むのもダメだった。
二行くらい読んだところで内容が入っていないことに気づき、
また戻って読む。
それを何度も繰り返す。
だから、僕はイタズラ書きばかりしていた。
教科書の端に“棒人間”を描いて、
数ページにわたるパラパラ漫画を作っていた。
棒人間が歩いている。
どこからか、棒人間の頭とまったく同じ丸――同じ大きさのボールが飛んでくる。
ボールがぶつかると、棒人間はバラバラになる。
手、体、足の線と、丸い頭が転がっていく。
すると、
転がった“丸”が、棒人間の頭なのか、ボールなのか、
どちらがどちらかわからなくなる。
そんなオチのパラパラ漫画だった。
そんなんだから、
よく友達の名前を忘れた。
よく遊ぶ相手の名前すら思い出せない。
そんなこと、本人の前で絶対に言えないと思いながら。
でも僕には、
世界がずっとこう見えていた。
〈生成AIとの出会い〉
大人になっても、その感覚は消えなかった。
仕事でも、会話でも、「なぜみんなは普通にできるのに、僕だけできないんだろう」と思う瞬間を何度も経験した。
理解できないのは僕の努力不足なのか。
それとも、僕の何かが壊れているのか。
答えはずっと見つからなかった。
そして――
今年、51歳になって初めて理由がわかった。
きっかけは、生成AIとの会話だった。
AIに自分の苦手さや、世界の見え方を正直に話していくうちに、
僕とまわりの“認知の違い”がすれ違いを作っていたことがわかってきた。
そう、僕は “言葉を言葉として認知していなかった” のだ。
僕の中では、言葉は“図の一部”だったり、“流れの矢印”だったり、“関係性を示す線”だったりした。
でもまわりの人は、言葉を“言葉として”認知していた。
僕は自分の言葉で、それを
「思考のOS」
と呼ぶことにした。
〈天才の定義〉
僕の高校は進学校だった。
その中でも、特に頭がいいとされていた理数科の生徒が、面白いことを言った。
「暗記するとき、ページを映像で覚える」と。
頭の中に、教科書のページがそのまま浮かぶらしい。
“このページの、このあたりに、こんなことが書いてある”と、映像で思い出すというのだ。
それを聞いたとき、僕は思った。
「ああ、これが天才なんだな」 と。
自分もたまに映像として覚えていて、
それを参照することが確かにあった。
でも彼らはそれを“いつも”やっていて、
しかも精度が桁違いなのだろう――そう感じた。
まさに、選ばれた人間の能力。
僕にはない、特別な才能。
そう思い込んでいた。
でも今の僕は、少し違う見方をしている。
あのときの彼らの方法は、天才の証明ではなかった。
ただの “認知OSの違い” にすぎない。
映像として情報を取り込むタイプがいて、
言葉で処理するタイプがいて、
構造で理解するタイプがいて、
身体感覚で覚えるタイプがいる。
映像で覚えることは、
その中のひとつの方法でしかなかった。
そしてその情報を、
どう整理し、どう活かすかは――
また別の能力なんだ。
当時の僕はまだ知らなかった。
いろんな認知の仕組みが、
いろんな人の中にあるということを。
だから、自分と違うことを言う人、
自分にはできないことをする人に出会うたび、
僕は羨望の目で見ていたし、
時には本気で「天才」だと思いこんでいた。
でも今は、あの頃の自分にそっと言ってあげたい。
「それはただ、OSが違うだけだよ」と。
〈4つのOSタイプ)
人にはそれぞれ、
「世界をどう理解するか」を決める思考の傾向がある。
僕はそれを “思考のOS” と呼んでいる。
たとえば、同じ景色を見ても、
人によって注目する部分は違う。
同じ言葉を聞いても、理解の仕方がまったく違う。
世界の捉え方は、大きく分けて4つ。
- 言語で意味を整理する人(Language OS)
- 構造や関係性を先に理解する人(Structure OS)
- 情景としてイメージが浮かぶ人(Imagery OS)
- 体を動かしながら理解する人(Kinesthetic OS)
この4つは優劣ではなく、
ただの “世界の見え方の違い” を表しているだけだ。
言語OSの人は、話の筋道や説明の順番を重視し、
言葉が整っているほど理解が進む。
一方、構造OSの人は、言葉より先に
「全体像」や「関係図」が浮かび、
仕組みが見えると一気に理解が深まる。
つまり、理解力の差ではなく、
“入力の種類が違うだけ” なのだ。
このOSの違いを知るだけで、
人間関係のすれ違いの多くは消えていく。
相手に「合う伝え方」が自然と見えてくるからだ。
〈構造OS向けの説明方法〉
弟「人って、なんで話が“通じる人”と“通じない人”がいるんだろ?」
たきお「それね、実は“思考OS”が違うだけなんだよ。」
弟「OS?」
たきお「うん。スマホのiOSとAndroidみたいに、人にも“入力タイプ”があるの。」
弟「ふむ。種類は?」
たきお「4種類。
① 言語
② 構造
③ 映像
④ 身体」
弟「なるほど。で、違いは?」
たきお「たとえば“コップが落ちた話”を説明するとね……」
- 言語OS → 言葉の順序で理解(A→B→C)
- 構造OS → 物の位置や因果で理解
- 映像OS → コップが落ちるシーンで理解
- 身体OS → 自分が手を伸ばす感覚で理解
弟「あ〜なるほど。つまり“理解の入り口”が違うだけか。」
たきお「そう。能力じゃないよ。“入力ポート”の違い。」
弟「それわかるわ。俺と姉で話が噛み合わない理由、それだ。」
たきお「うん。構造OSの弟は仕組みで理解する。
姉は言語OSだから、言葉の流れが大事。」
弟「つまり、“見えてる世界”が違うんだな。」
たきお「そう。それをOSと呼ぼうって話。」
〈構造OSの表現方法〉
実は構造OSの僕は、この文章を“流れに沿って”書いているわけではない。
思いついたときに、ひとつずつ項目として書き足している。
それは、物語を順番に並べて話す言語OSとは、そもそもの処理の仕方が違うからだ。
構造OSの僕の場合は、
まず「全体になる部品」をいくつも取り出して、外に並べていく。
そしてある程度パーツが出そろったところで、
それらを組み立ててひとつの形にする。
文章は最初から順序通りに完成していくわけではない。
部分部分の項目を積み上げていくことで、
頭の中で描いている“全体の構造”に近づけていく。
いろんな視点や発想を少しずつ外に出し、
それが自分の中の構想とピタリと噛み合ったとき、
ようやく全体として完成する。
これが、構造OSの僕にとっての“文章の作り方”だ。
〈構造OSと言語OS〉
■ 会話:片付けをめぐる典型的なすれ違い
🟧 言語OS・Aさん
「ねえBさん、ちょっと片付けようよ。
まず、机の上のものから順番に片付けよう?」
—
🟦 構造OS・Bさん
「いや、机の上からやるのは非効率だよ。
“収納全体の構造”を先に整えたほうが早い。」
—
🟧 Aさん
「え? 順番でやらないと進まないでしょ。
机 → 棚 → 床って、ひとつずつ片付けていけば綺麗になるじゃん。」
—
🟦 Bさん
「いやいや、順番の問題じゃなくて、
“どの物をどこに置くか”の仕組みを決めないと永遠に散らかるよ。
今は同じ種類の物があちこちに散ってるんだ。」
—
🟧 Aさん
「ちょっと待って。いま棚の話になったけど……
まず机でしょ? 机の山が邪魔だから、そこを片付けたいの。」
—
🟦 Bさん
「でも机だけ片付けても、結局あとで全部やり直しだよ。
まず“カテゴリー”を分けて──
文房具、書類、雑貨……
で、置き場を決めてからまとめて入れるほうが早い。」
—
🟧 Aさん(不機嫌に)
「なんか……話が飛ぶんだよね。
机の話してるのに、いきなり収納の全体とかカテゴリーとか……
まだそこまで考えてないよ。」
—
🟦 Bさん(困惑して)
「飛んでないよ?
片付けは“構造の問題”だから、
最初に収納の全体像を決めるんだよ。
机はその中の1パーツでしかない。」
—
🟧 Aさん
「でも、順番に片付けたほうが気持ちも整理できるし、
流れがわかるんだよ。
全体を先に決めろって言われても、説明が急すぎる。」
—
🟦 Bさん
「逆に、順番から入られると混乱するんだよ。
まず全体を整えて、そこで初めて“次に何をするか”が見えるんだ。」
—
🟧 Aさん(ため息)
「なんか……やっぱり噛み合わないね。」
—
🟦 Bさん(静かに)
「うん……。
たぶん、“片付けの入り口”が違うんだと思う。」
—
■ 解説:何がズレていたのか?
✦ 言語OS(Aさん)
順番に片付けたい
タスクを小さくして一つずつ処理したい
「次は何をする?」の流れが大事
気持ちも“言語的に整える”必要がある
✦ 構造OS(Bさん)
全体の構造から先に作りたい
部分から入ると“構造が壊れる”と感じる
まず仕組み、そのあと手順
因果・分類・配置などが先に浮かぶ
—
■ すれ違いの正体
同じ「片付け」という作業でも…
> 言語OSは“順番”
構造OSは“全体構造”
から入るため、スタート地点がそもそも違う。
どちらも合理的で、どちらも正しいのに、
“認知OSが違う”だけで噛み合わなくなる。
■すれ違う例
① 予定・段取りの話
言語OS:「まず順番を言ってよ、いつ、どこ、だれが?」
構造OS:「全体の流れはこう。細かいのはあとで整理する」
→ どっちも正しいのに噛み合わない典型。
—
② 課題・問題解決の話
言語OS:言葉で整理しながら進めたい
構造OS:原因→再発防止の“構造”をすぐ作りたがる
→ 言語OSは「結論急ぎすぎ」と感じる。
→ 構造OSは「回りくどい」と感じる。
—
③ 気持ち・相談ごと
言語OS:言葉にして共有したい
構造OS:仕組みや状況の説明を先にする
→ 話している“種類”がそもそも違う。
—
④ 作業の依頼・説明の場面
言語OS:手順を順番に説明したい
構造OS:まず全体図→必要なところを後で埋めたい
→ 説明スタイルのズレがそのまま誤解になる。
—
⑤ 共通の話題なのに見ている部分が違う
(子育て・仕事・行事・家族の話など)
言語OS:会話で流れをつくる
構造OS:構造や因果を見てしまう
→ 話題がズレていく。
〈言語OS優位な社会〉
私たちが暮らす社会は、長い歴史の中で
**“言語OSが最も扱いやすいしくみ”**として形づくられてきました。
たとえば、映像で物事を捉える「映像OS」の人にとって、
言葉や文章のやり取りはときに大きな負担になります。
一方で、言語OSの人は、言葉こそが最も処理しやすい入力形式です。
だから、言葉のやり取りはスムーズでも、
映像OSの人が言葉で説明しようとすると情報が欠けたり、
逆に“絵にして考えていること”を伝えても、
相手にとっては情報が多すぎて解読が難しく感じられたりします。
現代社会では、
テスト
読み書き
会議
仕事の報告
人とのコミュニケーション
ほとんどすべてが 言語によって成立しています。
だから当然、
言語OSが得意な人が“優秀”と評価されやすい構造になります。
しかしそれは能力の序列ではなく、
社会が“言語で動くように設計されている”だけなのです。
もちろん、稀に
映像OSや構造OSの人が、頭の中の感覚を言語に翻訳する力を鍛え、
社会とスムーズに接続できるようになる場合もあります。
そうした人は「適応力が高い」と評価されやすいでしょう。
ただし、ここで一つ大切なことがあります。
自分を“優秀だ”と思っている言語OSの人の中にも、
“他のOSが存在する”という前提を知らないまま生きている人は多い。
その人が優秀なのは事実です。
でもそれは、
社会の構造そのものが“言語OSに味方している”から
という側面も同時に存在します。
OSが違えば、見える世界も、理解の入り口も違う。
そこに優劣はありません。
ただ、社会がどのOSに最適化されているか──
その違いが、評価の差を生み出しているだけなのです。
〈OSはパーセンテージでできている〉
ここまで読んで、
「私は言語OSなの? 映像OSなの?」
と、自分をひとつのタイプに当てはめようとする人がいるかもしれません。
でも、人をハッキリ分ける必要はありません。
むしろ、人の認知OSは
“言語が○%、構造が○%、身体が○%”
というように、複数の要素が混ざりあったグラデーションで構成されている──
私はそう考えています。
たとえば、私は構造OSが基盤にあるけれど、
言語で物事を考えることもあるし、
ある場面では映像として思い浮かぶこともあります。
それでも、一番しっくり理解できるのは“図として捉えること”。
つまり、どれか一つではなく、
「基軸となるOS + 他のOSの要素」
でできているのです。
タイプ分けは“自分を知る手がかり”であって、
人間を分類するための箱ではありません。
—
〈OSは成長する〉
そしてもうひとつ重要なのは、
OSは固定ではなく、成長するということです。
私自身、子どもの頃は話すことが本当に苦手でしたし、
文章を書くことは苦痛でした。
でも今は、社会人として会話もできるし、
こうして文章を書くこともできています。
これは、
社会が言語OSを前提に作られていること
生きていくために自然と言語スキルが鍛えられたこと
の両方が大きいと思います。
逆に、言語OSの人が社会の中で経験を積む中で
構造OSが発達したり、
映像OSの感覚が育つ場合もあります。
つまり、
> OSは“基軸”がありつつ、
他のOSがそれに重なるように成長していく。
そして、その割合は人生の中で変わり続ける。
これが、私がたどり着いた結論です。
〈インプット、アウトプット〉
人間って、本当に複雑でおもしろい。
基本となるOSがあって、そこに補助的なOSの特性が重なる。
でも、それだけで人の得意・不得意が決まるわけではない。
「読むのは苦手だけど、話すのは得意」
「聞くのは得意だけど、書くのは苦手」
そんなことはいくらでも起こる。
すると、
“言語を扱うのが得意なの?苦手なの?どっち?”
と混乱してしまう。
ここでいうOSは、
“頭の中でどう処理するか”という内部構造の話。
つまり、
読む(インプット)
書く/話す(アウトプット)
これはOSとは別の能力として存在している。
—
✦ パソコンにたとえると
キーボードやマウスが「入力」
画面やプリンターが「出力」
これらの良し悪しや得意・不得意は、
パソコン本体(OS)の性能とは別の話だ。
もちろん相性はある。
でも、
“入力・出力機器の使いやすさ=パソコンの性能”
ではない。
—
✦ 人間も同じ
たとえば、Aという情報があったとする。
言語OSの人なら:
1. Aを何らかの方法(読む/聞く/見る)で取り込む
2. 頭の中で“言葉として”処理する
3. また何らかの方法(話す/書く/行動)で出力する
ここで大事なのは——
インプットとアウトプットはOSとは独立しているということ。
—
「読むのが遅い → 劣っている」ではない
「話すのが得意 → 頭がいい」でもない
インプットとアウトプットは、
その人が持つOSとは別の“操作方法”の話だからだ。
あるOSの人が、
得意な入力を持っていたり、
苦手な出力を持っていたりするのは普通のこと。
だからこそ、
OSだけで人の能力を判断することはできない。
〈OS.補助OS 完全版〉
人間の思考は「何を学ぶか(理系・文系)」ではなく
“どのOSで世界を処理しているか” で決まる。
OSは次の2階層構造になっている:
🔵 第1階層:主軸OS(Core OS)4タイプ
世界の“入り口(入力方式)”を決める、もっとも根本的な認知の傾向。
① Language OS(言語OS)
言葉 → 理解。
論理的な順序・文章構造が最も使いやすい。
特徴:
- 言語で整理する
- 人との会話が理解の触媒
- 抽象概念を言語で動かせる
- 社会制度との相性が良い
② Structure OS(構造OS)
構造 → 理解。
因果関係・関係性・全体像が先に浮かぶ。
特徴:
- 図で考える
- システム・仕組みがすぐ見える
- “全体→部分”で捉える
- 理屈より構造で説明する
③ Imagery OS(映像OS)
イメージ → 理解。
頭の中に映像・場面が湧く。
特徴:
- 情景やシーンとして理解
- 物語的に世界を捉える
- 芸術・表現に強い
- 言語から絵が浮かぶ
④ Kinesthetic OS(身体OS)
動き → 理解。
体でやる・触ることで理解が進む。
特徴:
- “やってみる”と早い
- 実践で覚える
- 現場適応力が高い
- 身体感覚が判断基準
第2階層:補助OS(Submodules)5タイプ
主軸OSに“味付け”をする拡張モジュール。
その人の個性・理解の深さ・反応の仕方がここで決まる。
⑤ Emotional OS(感情OS)
感情の揺れや空気感で理解が深まる。
共感力・人間理解が強い。
⑥ Pattern OS(パターンOS)
規則性・周期・反復で物事を見る。
数学・データ・リズム的な直感が鋭い。
⑦ Concept OS(抽象OS)
意味・本質・概念に向かう思考。
“なぜ存在するか?”を考える。
⑧ Sensor OS(感覚統合OS)
色・匂い・触感など五感の合成で理解。
空気感や雰囲気を認識できる。
⑨ Social OS(社会OS)
他者の心理・距離感・力関係を読む。
関係性の構造を捉える。
✨〈構造OSへのアプローチ方法 ― 会話形式の力〉(修正版)
自分が構造OSであることに気づいてから、
「どんな文章なら頭に入りやすいのか」
を改めて考えてみた。
すると、はっきりわかったことがある。
構造OSにとって、ただ文章が並んでいるだけの文は入りにくい。
さらに、難しい言葉や凝った言い回しはほぼNG。
読む前に脳が拒否してしまう。
ではどうすればいいのか。
いくつか方法はあると思う。
—
✦ 図を使う
図や矢印、関係図があるだけで理解が一気に進む。
でも、それだけが答えではなかった。
—
✦ もっと頭に入りやすい方法
僕が一番しっくりきたのは、会話形式だった。
会話には“動き”がある。
誰かが問いかけて、それに誰かが答える。
そのリズムと流れが、構造OSの頭の中で自然に構造を作ってくれる。
文章を読むというより、
**会話の流れを“追う”**感じ。
それが、構造OSにはとても合っている。
—
✦ 想像しやすい説明の例
IKEAの説明書は、ほとんどの工程を図だけで説明する。
あれも立派な工夫だと思う。
文章で説明すると人によって理解の仕方が変わるけれど、
図なら一目で「こういう構造なんだ」とわかる。
—
✦ 今の時代は選べる
今は文章だけではなく、
動画
音声
図解
アニメーション
チャット形式
など、いくつもの表現方法がある。
構造OSの人にとっては、昔よりずっと生きやすい時代になったと思う。
図だけで理解できる人もいれば、
文字のほうがスピードが速くて効率的だと感じる人もいる。
大事なのは、
“どのOSに合わせた説明か”を選べるようになったこと。
✨〈あなたは何OS? 簡単診断〉
当てはまる選択肢をひとつ選んでください。
直感で答えるのがポイントです。
—
Q1. 話を聞いたとき、まず頭に浮かぶのは?
A. 「言葉の順番」「説明の流れ」
B. 「全体像」「原因と結果」「関係性」
C. 「映像」「シーン」「情景」
D. 「体の動き」「感覚」「やってみるイメージ」
—
Q2. 新しいことを理解するとき、一番しっくりくるのは?
A. 文章や説明を読むと理解が進む
B. 図や表、フローチャートがあると一発で理解できる
C. 写真・漫画・動画があるとすごく分かりやすい
D. とりあえず触る・動かす方が理解が早い
—
Q3. 記憶するときに一番使う方法は?
A. 言葉の意味や順番を覚える
B. 枠組み・構造を整理して覚える
C. イメージ(場面・色・形)で覚える
D. 体感・手の動き・音・リズムで覚える
—
Q4. 苦手に感じやすいのは?
A. イメージだけで説明されること
B. 細かい手順を口頭で長く説明されること
C. 文字だけの長文を読むこと
D. 座って聞くだけ・読むだけの学習
—
Q5. 人との会話でよく起こることは?
A. 「言ってる順番が違う」と感じて整理したくなる
B. 「まず全体を言ってくれ…」と思う
C. 具体的な情景が浮かばない話は理解しにくい
D. 話すより動いた方が早い、とよく思う
—
✨【診断結果】
■ Aが多い → 言語OS(Language OS)
言葉の順序・意味・論理で理解するタイプ。
文章・会話での説明が入りやすい。
“説明の流れ”が理解の軸。
—
■ Bが多い → 構造OS(Structure OS)
全体像・因果関係・仕組みで理解するタイプ。
図・フロー・関係図が最強の入力。
部分よりも全体から入りたい。
—
■ Cが多い → 映像OS(Imagery OS)
シーンや映像が頭に浮かぶタイプ。
写真・動画・図解が最も理解につながる。
場面と感覚がリンクしている。
—
■ Dが多い → 身体OS(Kinesthetic OS)
“体で理解する”タイプ。
触る・動かす・やってみるが圧倒的に強い。
言葉や映像だけではピンとこないことも。
—
✨【補足】
ほとんどの人は「1つのメインOS+複数の補助OS」で構成される
割合は人生経験によって変わる
OSは優劣ではなく「認知の入り口の違い」だけ
〈これから文章を考える 理系と文系〉
〈これから文章を考える 構造OS.弟のケース〉
〈これから文章を考える 言語OS.姉のケース〉
〈これから文章を考える 実は構造OS.父のケース〉
〈これから文章を考える メモ〉
構造OSからすると
時に
言語OSの話が薄っぺらく聞こえる
各OSの中でも能力差はある(知力の差)
現実でのコミュニケーション
→深く捉えない
→流す
???
本を読める人は
本を読むのは筋肉がいる
本を読む筋肉を鍛えよという
しかし構造が違うのだ
読むから見るとかにしたほうがいい
〈最後に〉
さて、思考のOSについて話してきたが、
これが人生を変えるわけでは決してない。

コメント